ケイ酸を考える

はじめに

 土は植物の食べ物でありすみかでもあります。

 では、土は何からできているのかご存知ですか?実は土の3/4はケイ酸なのです。 

 そんな土の大部分を占めるケイ酸ですが、元となるケイ素は、植物の必須元素ではありません。それでは、ケイ酸には一体どのような役割があるのでしょうか。

 今回は、高橋英一先生の「ケイ酸植物と石灰植物(農文協)」の中で、私が興味を持った3点をピックアップし、説明していきます。この本は昭和62年の発行ですが、土壌肥料分野におけるケイ酸を、生物の進化も含めて追求しており、とても面白かったので紹介させて頂きます。

 

1.土壌骨格としてのケイ酸

 私たちが住んでいる地球の表面は何でできているでしょうか。

 それを調べたのが、クラーク博士(Frank Wigglesworth Clarke、1847年 – 1931年)です。クラーク博士は、地表部から海水面下およそ16kmまでを「The Earth Crust (=地球表層部, 地殻」と定義し、世界中様々な地点の元素の含有割合を調べました。この業績が称えられ、地球表面付近の元素割合(重量%)のことはクラーク数、と呼ばれるようになりました。

 下記の表はクラーク博士の論文からの引用ですが、この論文、博士の亡くなる4年前、84歳の時に発表されています。まさに人生を研究に捧げた人ですね。

 さて、地殻に含まれている主な元素の半数近くを占めるのは酸素です。2番目にケイ素が来ます(表1)。

   表1.地殻に含まれている主な元素(重量1%以上)  (Clark, 1924)

元素含有量(%)
酸素 (Oxygen)46.6
ケイ素 (Silicon)27.7
アルミニウム (Aluminum)8.1
鉄 (Iron)5.0
カルシウム (Calcium)3.6
ナトリウム (Sodium)2.8
リン (Potassium)2.6
マグネシウム (Magnesium)2.1
8元素合計98.5

 しかし実際には、殆ど全ての元素は酸素と結合し、酸化物を形成しています。化合物割合を見ると、ケイ酸が約6割と大半を占めています(表2)。

表2.  地殻に含まれている主な化合物(上位8)               (Clark, 1924)

元素含有量(%)
SiO259.1
Al2O315.3
Fe2O33.0
FeO3.8
CaO5.0
Na2O3.8
MgO3.4
K2O3.1
合計96.5

 このケイ酸は、地殻を作っている岩石や、岩石が風化してできた土壌の構成単位になっているのです。それでは、土壌のもととなる、岩石の構成単位を見ていきましょう。

 土壌は、岩石が物理的に風化してできた造岩鉱物(1次鉱物)と、1次鉱物が化学変化を受け、二次的にできた粘土鉱物(2次鉱物)が混じってできています

 1次鉱物の基本単位になっているのが、ケイ素四面体です。ケイ素四面体の連結の仕方で、色々な1次ケイ酸塩鉱物ができます(図1)。かんらん石、輝石、角閃石、雲母、石英の順に、ケイ素四面体の繋がりが増えていき、風化抵抗性も強くなります。1次鉱物は風化の途中でカリウムやカルシウム、マグネシウムなどの塩基(養分)を放出するので、風化しやすく、塩基に富んだ輝石、角閃石、雲母を多量に含んだ土壌は、それだけ肥沃といえます。 

図1. ケイ酸塩鉱物の基本構造(出典:高校地学基礎教科書、数研出版、2017)

 二次鉱物(粘土鉱物)は、大きく分けると結晶性のものと非結晶質のものがあります(図2)。結晶性のものは、ケイ素四面体とアルミニウム八面体が骨格となり、それぞれ二次元的に層状をなして、それらが平面上に重なり合ってできます。その重なり方で1:1型、2:1型、2:2型があります

 非晶質のものにはアロフェン(ケイ酸質アルミナ)があり、火山土壌の主要な粘土鉱物になっています。日本では、黒ボク土に多く含まれています。

 これらの粘土鉱物は陰電荷をもっており、養分となる陽イオンを電気的に吸着します。吸着された陽イオンは、根から分泌される酸(水素イオン)によって置き換えられて植物に吸収されるので、粘土鉱物は養分保持の役割があります

 土壌の養分保持力は、CEC(塩基置換容量)で表されますが、バーミキュライト、モンモリロナイトは高いです。一方、黒ボクに多いアロフェンは、pHによって荷電が異なる変異電荷性で、酸性土壌では塩基保持力が低いです。また、強いリン酸固定力を持っているため、作物にリン酸欠乏を起こしやすい性質があります。このように、土壌の肥沃度には、粘土の質が関係しています。

図2. 2次鉱物の構造 (出典:クボタ株式会社技術資料)

 ここまで、土壌を構成する1次鉱物、2次鉱物について見てきましたが、いずれもケイ酸を基本単位としています。ケイ酸は量的に土壌の大半を占めているだけでなく、構造的にも土壌粒子の骨格をなしており、そのよしあしは土壌の肥沃性に大きな影響をおよぼしています。

 日本は火山国で、国土の20%近くが火山灰で覆われていて、また表層地質は酸性岩が多く、塩基に富んだ岩石が少ないという地質的特性があります。加えて温暖多雨という気象条件が土壌の塩基類や有効ケイ酸含量を低下させ、良質のケイ酸塩粘土鉱物の生成を妨げてきました。そのため日本の土壌肥沃度は決して高いとはいえません。そのため日本の畑農業では昔から施肥が重視されてきました。

 しかし、大自然そのものである土の性質を変えることをある意味で可能にしたのが、我が国の水田農業であった、と高橋先生は語っています。その意味は、①還元状態にすることでリン酸やケイ酸などの養分を有効化する、②灌漑水を用いることで、塩基の溶脱を最小限に抑える、の2点にあります。

 イネは、特異的なケイ酸吸収能力によって、土壌由来のケイ酸を固定し溶脱を防ぎます。また、湛水してイネを栽培し、収穫残渣を忠実に水田に戻すことを続ければ、ケイ酸地力は減耗しないというのです。また、黒ボクの最大の欠点である可給態リン酸の不足は湛水することによって相当改善することができます。土の還元によってリン酸が有効化するからです。畑であっても、リン酸肥料を施せば、水はけがよくて保水性がある黒ボクは、根が商品になる根菜類がよく育ちます。そのため、桜島、練馬はダイコンの産地、茨城県はラッカセイの産地になっています。

2.生物の進化とケイ酸

 ここでは、本のタイトルでもある「ケイ酸植物と石灰植物」のルーツについて紹介します。生物の骨格形成にはケイ酸か石灰かが使われており、どちらを選ぶかは種の特異性にかかっている、ということについて高橋先生は生物の進化を振り返ります。

 まず、動物と植物はどうやって体を支えているのでしょう。植物は有機物でできた細胞壁という、丈夫な表皮組織を発達させました。一方、動物は無機物によって骨格を作り、体を支えました。ここで大きな違いは、細胞自身が固く、レンガのように積み重なるのが植物で、動物は細胞自身が豆腐のように柔らかいため、骨格によって体を支えているという点です。

 動物が細胞壁を発達させなかった理由はなんでしょう。それは光合成にあります。細胞壁を構成するセルロース、リグニン、ペクチンなどは、炭素、水素、酸素からなる有機物ですが、これらは光合成産物の糖から作られます。植物は光合成能力があるため、大気中の二酸化炭素をふんだんに使用でき、いくらでも細胞壁を作れますが、動物は光合成産物を植物に全面的に依存しているため、そんな余裕はなかったのです

 動物は体を保護するための外骨格(被殻)と、よりよく行動できるために内骨格を発達させました。これらの硬組織の成分は、キチン(ムコ多糖類)やコラーゲン(硬タンパク質)などの有機質を主体とするものや、それらがケイ酸、炭酸カルシウム、リン酸カルシウムなどの無機質で補強され、さらに大部分無機質におきかえられているものもあります。進化の過程を辿っていくと、原生動物、海綿動物はケイ酸型とカルシウム型の二つが存在しますが、腔腸動物以上ではカルシウム型のみになり、硬骨魚以上ではリン酸カルシウムとなります。動物がケイ酸よりカルシウムを選ぶようになったのは、カルシウムは溶解度の調節が容易だからではないかと高橋先生は言っています。

 一方、植物ではどうでしょう。植物は今から約4億5000万年前に陸に上がってから著しい多様化をとげましたが、それまでの20億年あまりの水中生活時代は藻類のグループがあっただけです。これは、動物のグループのほとんどが、水中生活時代すでに存在していたのに比べて大きな違いです。

 20億年は藻類一色だったわけですが、藻類というのは特異性が面白く、その中でも、ケイ酸を好む珪藻と、石灰を好む石灰藻がいます。体を支える物質が、動物では主として無機物であり、植物では有機物であるという基本的な違いがあるといいましたが、詳しくみると植物も補助的に無機物を使っていて、それは、炭酸カルシウムかケイ酸なのです。いずれも、乾物の3分の1以上のカルシウム、ケイ酸を含み、それで骨格や丈夫な殻を作っています

 珪藻は、今から約1億8000万年前のジュラ紀に出現したとされていて、生物進化のなかでは最近出現したものとのことです。そして、過去から現在まで繁栄を続けており、海洋生物のなかでもっとも大きな新興勢力の一つとなっていますが、その背景には溶存している微量のケイ酸を100万倍も濃縮し、それを分裂増殖に利用するという特異な能力が関係しているのではと、高橋先生は言っています。

 植物は陸に上がって以来、土に含まれる色々な元素と関係をもつようになりました。土の中に最も含まれている元素(酸化物)は、ケイ素、アルミニウム、鉄ですが、その中で植物の必須元素になっているのは鉄のみで、それも必要量は微量です。これらの元素は水中ではマイナーな存在であり(海水に含まれる元素の上位90%は塩素とナトリウム)、長い水中生活の中で、藻類の生理作用のなかにとりこまれなかったのだろうと高橋先生は言っています。

 一方で、トクサやイネ科は特異的にケイ酸を吸収しますが、土壌にたっぷりケイ酸が存在する中で、あえて「自発的」に吸収するようになったと高橋先生は考えています。

 陸上植物のケイ酸吸収性を進化の過程で見てみると、初期の陸上植物である鮮苔植物(いわゆるコケ植物)、羊歯植物(シダ類、トクサ類など。胞子によって繁殖)にみられるケイ酸集積性はシダ目にいたって次第に失われ、裸子植物から被子植物へすすんでいきましたが、被子植物の進化した位置にある単子葉網のカヤツリグサ科、イネ科にいたって再びケイ酸集積性があらわれました。この時期に、珪藻が出現しているとのことなので、ケイ酸に回帰する何かのきっかけがあったのではないでしょうか。そして、ケイ酸集積に回帰した珪藻とイネ科植物は、今日でも大繁栄を続けていることを考えると、これらの生物は、進化のターニングポイントを上手く勝ち取った成功者なのではないかと思えて興味深いです。

 

3.ケイ酸の効果

  イネにおける、ケイ酸の効果は主に次の4つです。

①過蒸散の抑制(蒸散面)

②病害虫抵抗性(表皮組織)

③倒伏耐性、光合成促進(骨格)

④根の活性促進、窒素同化促進

 

 イネ科の植物は一般にケイ酸含量が高いですが、なかでもイネは特に高いです。イネに対するケイ酸の効果は著しく多量要素的であり、十分な収量を上げるには多量のケイ酸を吸収することが必要です。 

ここで、イネが吸収したケイ酸の量を追ってみましょう。

 10aあたり500kgのモミ収量があり、モミ・ワラ比=1:1、モミに対するモミガラの割合を20%、モミガラのケイ酸含量を20%、ワラのケイ酸含量15%とすると、10aあたりのケイ酸吸収量は95kgとなります。

 一方、灌漑水のケイ酸濃度を20ppm、灌漑水量1500tとすると、灌漑水から供給されるケイ酸量は30kgとなります。従って、残りの65kgのケイ酸は土壌から吸収していることになります。

 玄米に含まれるケイ酸はごく微量なので、モミガラとワラををもとの水田に返せば、約100kgのケイ酸が土に加わります。したがって、湛水してイネを栽培し、収穫残渣を忠実に水田に戻すことをつづければ、ケイ酸地力は減耗せず、場合によっては蓄積の傾向も認められます

 一方で、堆肥やイナワラの還元が十分でないと、年々土壌からケイ酸が収奪され、地力が消耗します。それを補う形で、ケイ酸質肥料が使われることもあります。

 しかし、ケイ酸を肥料として使用する際には、その随伴成分に注意する必要があります。

ケイ酸は、過剰障害を生じない唯一の養分です。一方で、その効果を期待するためには、多量施用が必要になります。ケイ酸肥料の施用により、トラブルが発生した場合は、まずその随伴成分の多量施用を原因として考える必要があるのです。

 生物に吸収された成分が生化学反応に関与する場合、その成分は生化学作用をもつと言われます。作物の必須要素といわれるものは、作物の生育にとって必要な生化学作用をもっています。ケイ酸は、なぜ多量投入しても害にならないのかというと、ケイ酸の生理作用は、生化学作用を伴わないからです。吸収されたケイ酸は、生化学反応の行われる細胞質の外側の、アポプラストと総称される部分、すなわち細胞間隙、細胞壁の孔隙、導管を通って地上部の蒸散面すなわち葉身、葉鞘、茎、モミガラの表面に部分的に沈積します。

まとめ

  ケイ素は植物の有用元素として認められていますが、植物体内の代謝における生理作用が実証されていないため、必須要素としては認められていません。そのため土壌肥料の分野からすると、マイナーな要素ですが、ケイ素の酸化物であるケイ酸は、土中の元素の約6割を占めているというのは面白いです。そして、水田稲作を基幹農業としている我が国においては、ケイ酸はとても重要な要素です。

 植物の中にはケイ酸を積極的に吸収するものとしないものがあり、イネ科植物はまさに自発的ケイ酸集積植物でした。ケイ酸は、過剰害が出ない唯一の要素であることと、特異的なケイ酸吸収能をもつイネのコラボレーションが、我が国の水田稲作をここまで発展させたと考えることができ、とても興味深いです。

 ケイ酸の輸送に関する研究は、今明らかになってきていること、まだ分からないことも多くあります。今後研究が進めば、ケイ酸ももしかして植物の必須元素として認められる日も来るかもしれません。これからの研究発展に注目していきたいです。

 

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